■ご挨拶:アジア政経学会の抱える2つの「挑戦的課題」

東京大学 園田茂人

 会員のみなさん、こんにちは。このたび第25代理事長を拝命することになった園田茂人です。
 実は、一橋大学で開催された全国大会の懇親会(2017年6月24日)でも申し上げたのですが、私のような社会学を生業としてきた人間が、アジア「政経」学会で理事長をやってもよいものか、少し躊躇するところがありました。実際、歴代の理事長を見ても、政治学や経済学を専門にされておられる方がほとんどで、これに歴史学や国際関係論を専門とする方々が加わる程度。「アジア地域の主として政治、経済について理論的及び実証的研究を行い、その成果を公開すること」を目的としている本学会からすれば当然なのですが、そうであるがゆえに、私は理事長としては不適格なのではないかと逡巡したのです。
 もっとも、私の勤務先は東洋「文化」研究所といいながら、政治や経済、法律の研究者を抱え、英語表記ではInstitute for Advanced Studies on Asiaと「文化」を消してしまっているように、本学会の英語表記もJapan Association for Asian Studiesと「政経」が消えてしまっているので、あまり心配しなくてもよいのかもしれません。個人的には政治や経済を理解するだけでなく、その関係性を考える際にも「社会」という次元を入れ込むことでアジア研究やアジア理解が深まるはずだと思っています。
 学会が、学会員の方々の自由な発想に基づく研究成果をめぐる報告・議論の場を提供し、その成果発信のプラットフォームを維持・発展させるミッションを持っているのは、言うまでもありません。年2回の年次大会開催に多大なエネルギーをかけ、学会誌『アジア研究』の年4冊の刊行に注力しているのも、その意味では当然のことといえます。
 もっとも、こうしたボトムアップの発想だけでは対応できない、2つの「挑戦的課題」があるのではないか。最近、そんなことを思っています。
 第一に、アジア研究の成果をどのように教育プログラムに落とし込み、どのような知識体系を学生に教えるかといった、研究成果の教育への還元をどうするか。
 学会は、研究者の再生産にも大きな責任をもつはずですから、若い世代の教育を無視するわけにはいきません。しかし、近年の年次大会で、アジア研究の教育をどう考えるかといった視点で議論がされたことは、ほとんどありません。最近、日本学術会議でテキストに関する議論が行われましたが、そこでの議論が本学会にフィードバックされた形跡はなく、研究と教育は分離したままです。では、そのままでよいのか。何らかの議論があってよい、というのが私の感想です。
 第二に、アジア研究の世界的な拡がりを見せる中で、日本らしいアジア研究のあり方をどのように考え、従来の研究を批判的に継承していくか。
 戦後のアジア研究に占める日本の位置は、きわめて高いものがありました。ところが、アジアが自律的な発展を遂げる中で、みずからの政治や経済、社会を語る知的風土が出来上がり、逆説的なことにも、日本からアジアを研究する優位性を自省する必要が出てきています。アメリカでもヨーロッパでも、アジア、とりわけ台頭する中国への関心が強くなる中で、どのように日本の研究を世界の学術と結び付けていくか。そして、どのようにアジアの域内外のアジア研究と実りある対話をしていくか。私たちは、こうした時代状況の中にあります。そして、そうした中にあって、アジア政経学会という名称にはなく、学会名を英語化した際に現れるJapanを、アジア研究との関係でどのように考えるかといった問いは、今後、より真剣に考えられてよいのではないかと思います。
 どうも少し意気込みすぎたようです。会員のみなさんには、今後とも積極的に研究成果を発信していただけますよう、お願い申しあげる次第です。

丸川知雄前理事長挨拶へ
竹中千春前理事長挨拶へ
金子芳樹前理事長挨拶へ
高原明生前理事長挨拶へ
加藤弘之元理事長挨拶へ
国分元理事長挨拶へ
末廣元理事長挨拶へ
石井元理事長挨拶へ
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